付き合う前と付き合った後のギャップがあまりにデカすぎる
ご奉仕活動委員
初同人作品が配信開始しました。
ご奉仕活動委員に所属された者はご奉仕しなければならい・・・・気になっていた隣の席のギャルにご奉仕してもらっちゃいます!
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英語圏のギタリスト系VTuber「chacha」のキャプチャ精度がヤバすぎる
『勝利の女神:NIKKE』のBGM「TRUE FIREPOWER」をギターで演奏。左手で弦を押さえる動きや、ビブラートやチョーキングの指使いまで見事に再現しています🎸
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「dead start(デッド・スタート)」は、数々の有名ロックバンドのCDジャケットを手がけてきた高名なアートディレクター、サカグチケンが主催した、音楽とアートを融合させた伝説的なクロスオーバー・イベントです。
川崎の老舗ライブハウス「クラブチッタ(CLUB CITTA')」を舞台に開催され、彼の盟友であり伝説のパンクバンド「亜無亜危異(アナーキー)」のギタリスト・藤沼伸一氏ら、日本のロックシーンを代表するそうそうたる面々が関わっています。
このイベントがどのようなものだったのか、ポイントを絞って解説します。
1. 「dead start」とはどんなイベント?
このイベントの最大の特徴は、単なるライブではなく**「アート(デザイン)とロックの融合」**にありました。
背景: サカグチケン氏は、亜無亜危異をはじめ、BUCK-TICK、LUNA SEA、THE BLUE HEARTS、hideなど、日本のロック史に残るアーティストのアートワークを300点以上手がけてきた人物です。
内容: クラブチッタの広大な空間を使い、サカグチ氏自身の強烈なグラフィックアート作品の展示や個展的要素、そして彼が関わってきた一流ミュージシャンたちによる圧倒的なライブパフォーマンスが同時に展開されました。
2. 藤沼伸一氏との深い繋がり
サカグチケン氏は10代の頃から「亜無亜危異」の熱狂的なファン(親衛隊)であり、のちに楽屋へ自作ポスターを持ち込んだことをきっかけに、彼らのジャケットデザインを任されるようになりました。
このサカグチ氏の運命を変えた存在が藤沼伸一氏であり、イベントでは**「藤沼伸一ユニット」**としての出演やセッションが行われ、イベントの核として深くコミットしていました。
豆知識
2005年12月に開催された回では、「藤沼伸一ユニット」のベーシストとして、LUNA SEAの**J(ジェイ)**氏が
「土屋昌己ユニット」では
中村達也とTOKIE のサプライズでの参戦したことでも大きな話題を呼びました。
また、遠藤ミチロウの驚きのパフォーマンスや、藤沼伸一の映画『頭脳の瘡蓋』の上演や、プロレスの参加や、24時間がかりの、集団ライブペインティングもありました。
3. タイトルに込められた意味
「dead start」という言葉には、サカグチケンの強い思想が込められています。
「人は死(dead)を迎えてゼロに戻り、そこから人の心に“スタート(start)”として刻まれる」
2023年には、サカグチケンが自身の半生と日本のロックデザイン史を語った初の著書**『ロックをデザインする男 サカグチケン dead start』**(星海社新書)が出版されましたが、この本の「まえがき」も藤沼伸一氏が寄稿しています。
まさに、日本のパンク・オルタナティヴロックシーンの「裏の仕掛け人」たちが、川崎クラブチッタという聖地でその熱量を爆発させた特別なイベント、それが「dead start」です。
ロックをデザインする男
The Man Who Designs Rock’n’Roll
サカグチケン dead start
ヒロシマアピールズ
反戦争
ピース✌️
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仲野茂 と サカグチケン の
繋がり
お二人はドラマの共演者だけではなく、**「伝説のパンクバンドのボーカル」と「ロックをデザインする天才アートディレクター」**という、日本のロック史における重要なクリエイター同士の深い関係です。
仲野 茂(なかの しげる): 1980年にデビューし、日本のパンクロックシーンに絶大な影響を与えたバンド**「亜無亜危異(アナーキー)」**のカリスマ的ボーカル。
ロックをデザインする男®︎
サカグチケン: BUCK-TICK、hide、LUNA SEA、THE BLUE HEARTSなどのジャケットデザインやMV監督を数多く手がけ、「ロックをデザインする男」と呼ばれるアートディレクター。
【二人の接点】
サカグチケンさんは1987年、まだ若きデザイナーだった頃に**仲野茂さんをモチーフにした「ピースポスター(平和ポスター)」**を制作し、世界平和ポスター展(JAGDA)に出展しました。これが国際的な賞(NEW YORK ADC国際展)に入選するなど、サカグチさんのキャリアの大きな転換点となりました。プライベートでも、仲野茂さんがサカグチさんの家に居候するほど深い親交があったことが知られています。
『つながった世界』とは?
一方で『つながった世界』は、ドラマだけではなく**日本の伝説的なオルタナティブ・ロックバンド「JAGATARA(じゃがたら)」**に深く関連する言葉です。
楽曲としての『つながった世界』: JAGATARA(江戸アケミがボーカルを務めたバンド)の名曲。
書籍としての『つながった世界──僕のじゃがたら物語』: JAGATARAのギタリスト・OTOさんが2014年に出版した自叙伝のタイトル。
アナーキー(仲野茂)とJAGATARAは、1980年代のインディーズ・アンダーグラウンドシーンを共に牽引した同時代のバンドであり、イベントでの共演や交流も深くありました。
サカグチケンと藤沼伸一が、主催の、川崎クラブチッタのイベント
dead start にて
サカグチケンによる
故・江戸アケミの巨大な作品もライブペインティング制作されました。
バック演奏🎶は
藤沼伸一・作曲の20分を超える
dead start テーマが、ライブ演奏されました。
The Rock Band
SHY & ムーニー
G.D.FLICKERS
The Street Beats
The Mad Capsule Market’s
土屋昌己
中村達也
TOKIE
アグレッシブ・ドッグス
などなどが
共演しています。
魂🔥は死なない
dead start
ヒロシマアピールズ
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サカグチケン(SAKAGUCHI KEN FACTORY)が手がけたBUCK-TICKのアートワークは、バンドの黄金期を象徴する極めて重要なアイコンでした。
『TABOO』や『悪の華』、『狂った太陽』といった、バンドのパブリックイメージを決定づけた主要なアルバムのジャケットやグラフィックワークは、彼の鋭利で退廃的なデザインセンスがあってこそ完成した世界観です。
ただ、「サカグチケンとのコラボレーション(あるいはそのビジュアルアイデンティティ)が途絶えたことで売り上げが急落した」という点については、当時の音楽業界全体の構造変化や、バンド自身の音楽性の急進的な進化など、複数の要因が絡み合っています。
1. 1990年代中盤〜後半のBUCK-TICKの「音楽的シフト」
BUCK-TICKのCD売り上げのピークは、1990年のシングル『悪の華』や1991年のアルバム『狂った太陽』の時期でした。
その後、バンドはインダストリアル、ダーク・エレクトロ、オルタナティヴ・ロックといった、よりコアで実験的な音楽性へと深く潜り込んでいきます。
大衆性から芸術性への純化:
『Six/Nine』(1995年)や『COSMOS』(1996年)の時期には、それまでの歌謡曲的なキャッチーさを削ぎ落とした、非常に尖った音作りにシフトしていました。この**「ポップからアヴァンギャルドへの変化」**が、ライト層のファンが離れる直接的なきっかけとなりました。
2. レコード会社の移籍と「ビジュアルの変遷」
1997年、バンドは長年所属したビクターからマーキュリー(現ユニバーサルミュージック)へ移籍します。このタイミングは、メンバーの不祥事や櫻井敦司の体調不良による活動休止からの「リスタート」の時期でもありました。
サカグチケン自身、この移籍直後の日本武道館公演『RED ROOM 2097』のグラフィックワークなどに関わっていますが、バンドを取り巻く環境全体がガラリと変わった時期です。
3. 音楽業界の「ミリオンセラー狂騒曲」とのギャップ
1990年代後半の日本の音楽シーンは、小室ファミリーやGLAY、L'ArcenCielなどに代表される、メガヒット(ミリオンセラー)が連発する時代へと突入していました。
その狂騒的なタイアップ至上主義のメインストリームに対し、BUCK-TICKはあえて背を向け、独自のダークな地下世界を掘り進める道を選びました。結果としてチャート上の数字(売り上げ枚数)は全盛期に比べ減少しましたが、これはバンドが「消費されるアイコン」から「独自のスタンスを持つリスペクトされる重鎮」へと脱皮するプロセスでもありました。
結論として
サカグチケンファクトリーが提示したビジュアルが、BUCK-TICKの「顔」として売上を爆発させる強力な牽引力(アイコン)だったのは間違いありません。
しかし、その後の売り上げの下降線は、アイコンを失ったことによる純粋なパワーダウンというよりは、「大衆向けのロックバンド」から「唯一無二のダークウェーヴ・インダストリアルバンド」へと、彼ら自身が自覚的に変貌を遂げた結果と言えます。
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