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遠音 (@tonefnjk)

@tonefnjk
言葉にならなかった感情や、繰り返される関係について書いています 愛着|家族|恋愛|境界
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人は、自分でも気づいていない願いに出会った時、安心する。 人には、なぜか安心する人がいる。 一緒にいると落ち着く。 話したくなる。 気がつくと頼っている。 でも、 なぜその人に安心するのか、 本人にも分からないことがある。 人は、 自分でも気づいていない願いを抱えて生きている。 見てほしかった。 理解してほしかった。 信じてほしかった。 安心したかった。 けれど、 その願いはあまりに当たり前すぎて、 本人には見えていないことがある。 だから人は、 「見てほしい」と思いながら生きているわけではない。 ただ、 見ようとしてくれる人のまなざしに安心する。 「理解してほしい」と考えているわけではない。 ただ、 理解しようとしてくれる態度に安心する。 「信じてほしい」と願っているわけではない。 ただ、 信じようとしてくれる人に安心する。 一人で頑張ってきた人は、 「もう頑張らなくていいよ」 という空気に安心する。 なぜ安心するのか、 その時は分からない。 身体が先に安心を知る。 そして後になって、 「ああ、自分はこれが欲しかったんだ」 と気づくことがある。 人は、 関わろうとする人の眼差しや、 態度や、 声かけを通して、 その人が何を大切にしているかを感じ取る。 そして、 自分を大切に扱おうとしてくれていることが伝わると、 安心が生まれる。 安心は、 眼差し。 態度。 声の調子。 待つこと。 聴くこと。 その人が大切にしているもの。 それらを通して作られる。 人は、 言葉を聞いているようで、 その奥にある 「あなたを大切に思っています」 を受け取っている。 だから、 安心は技術ではない。 安心は、 大切に扱われる体験から生まれるのだと思う。
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世界が怖かった理由 私は、 いろいろなものが少し怖い。 初めての場所。 知らない人。 別れの気配。 だから、 いつも少し先を見ていた。 まだ起きていない未来へ行き、 不安の種を探していた。 なぜそんなに怖いのか、 長いあいだ分からなかった。 ただ、 ある記憶が残っている。 まだずっと小さな少女だったころ。 暗い廊下で、 自分の吐瀉物を片付けていた。 手伝ってほしかったわけじゃない。 ただ、 ここにいるよ、と。 誰かに、 見つけてほしかった。 それから私は、 見つけてもらう代わりに、 自分で自分を守るようになった。 いつも、 世界が少し怖かった。 でも、 人生の途中で、 手を広げて 見つけてくれる人に出会った。 隠れていても。 怖がっていても。 そのままで。 手を広げて、 見つけてくれる人。 それから、 世界は少し 安全な場所になった。
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